先日、福島県の名城を巡りました。
最初に行ったのは、白河小峰城。
日本100名城の一つです。
二の丸から望む復元三重櫓と前御門。
平成の城復元ブームの元となったというだけあって、美しいですね。
しかし、清水門から本丸に続く道は震災で封鎖。これ以上は近づけませんでした。
有名な高石垣が震災によりかなり崩落していました。
貴重な文化遺産だけに、非常に残念です。
白河小峰城についてはこちら。
近くにある白川城にも足を伸ばしてみました。
後に小峰城に移った結城白河氏の本拠地でもある由緒正しい城です
主郭部。きれいに手入れされているようです。
しかし、いたるところで石碑や祠が崩れていました。これも震災の被害なのでしょうか。かなり心が痛む光景でした。早期の復旧を望みます。
白川城についてはこちら。
会津若松へ向かう途中の城跡へ寄り道。
亀ヶ城(猪苗代城)です。
会津若松城が鶴ヶ城と呼ばれたのに対して亀ヶ城と名付けられたとも言われる、猪苗代氏の居城です。
ここも震災の影響か、各所で石垣が崩れていました。
亀ヶ城公園には、こんな建物も移築保存されていました。
亀ヶ城についてはこちら。
さらに寄り道をして、神指城へ。
ここは、上杉景勝が直江兼続に築城を命じたものの、完成前に家康の会津討伐を受けて工事は中断、未完のまま廃城となった悲劇の城です。
二の丸(となるはずだった)跡には、高瀬の大木がそびえています。
築城前から大木だったとのことで、歴史を感じさせる大ケヤキです。
本丸(になるはずだったと思われる)あたりは畑になっていました。
特に説明板等もなく、ちょっと残念な扱いです。
神指城についてはこちら。
かなり道草を食ってしまいましたが、ようやく会津若松城へ。
最近、赤い瓦に吹き替えたそうですが、非常に立派な天守閣です。
天守閣からみた本丸全景。
本丸の一角にある麟閣。千利休の子、少庵が建てたと言われる茶室です。
ここでは抹茶を喫する事ができます。
会津若松城についてはこちら。
最後に、日本100名城のひとつ、二本松城へ。霞ヶ城とも呼ばれています。
城址公園入り口には有名な二本松少年隊の像が。
復元された二階櫓と箕輪門。
こちらも有名な霞ヶ城の傘マツ。
樹齢300年とも言われる貴重なものです。
最近復元された本丸石垣は、震災の影響で立ち入り禁止でした。
二本松城についてはこちら。
今回の旅では、東日本大震災の爪痕を強く感じさせられました。
ページビューの合計
2011年9月26日月曜日
2011年9月18日日曜日
城巡り10 ~世田谷城・兎々呂城・奥沢城・渋谷城~
今回は世田谷近辺の城を巡ってみました。
世田谷城址公園に行く前に、有名な豪徳寺を見学。
ここは、井伊家の菩提寺になっているようです。
山門から入ると正面に見えてくる仏殿。
招福殿。工事中でした。
ここが彦根藩主井伊家墓所。
井伊直弼の墓。
当然直弼だけでなく、歴代の藩主が葬られています。
豪徳寺の本堂。立派です。
ここが、世田谷城阯公園。
世田谷城についてはこちらへ。
次に、等々力へ。
せっかくなので、等々力渓谷に行ってみました。
等々力不動尊。
日本庭園みたいな場所もありました。
3号横穴。古墳のようですが、中を覗いても真っ暗で何も見えず。。。
ゴルフ橋。なぜゴルフ?
目的の兎々呂城へ。
トトロ城ではなくとどろ城と読むらしいですが、、、詳細はこちら。
といっても、高校の校門前に城址碑があるのみです。
つぎの目的地、奥沢城がある浄真寺へ向けて自由が丘方面へ。
扁額には「般舟場」と書かれています。
仁王門。別名「紫雲楼」。
寛政5年(1793)建立とのことで、相当貴重なものですね。
鐘楼。こちらは更に古く、宝永5年(1708)の建立。300年以上前に建てられたということになりますね。
本堂。
これは元禄11年(1698)上棟とのことですが、後に修築されたようです。
阿育(あしょか)王塔なんてのもありました。
九品仏のイチョウ。都の天然記念物だそうです。
ここは鷺草が有名とのことで、説明板も出ていました。もうシーズンは過ぎているようですが、幸い幾つか咲いていました。しかし例によって望遠レンズを持ってこなかったので、ここまでしか寄れず。
城跡碑。
結局城跡を示すものはこれだけ。
奥沢城についてはこちら。
最後に、渋谷城へ。
金王八幡宮にあります。
社殿。
お祭りがあるらしく、準備が進んでいました。
社殿脇にある「渋谷城 砦の石」。
城の遺構?っぽいのはこれだけです。。。
渋谷城についてはこちら。
境内にある金王桜。
こちらは渋谷区の天然記念物だそうです。
境内の外れにある金王丸御影堂。
金王丸というのは渋谷城主、渋谷重家の嫡男で、源義朝に従って保元・平治の乱を戦い、のち土佐坊昌俊と称した、と説明板に書かれていました。
今回は神社仏閣巡りっぽくなってしまいました。
世田谷城址公園に行く前に、有名な豪徳寺を見学。
ここは、井伊家の菩提寺になっているようです。
山門から入ると正面に見えてくる仏殿。
招福殿。工事中でした。
ここが彦根藩主井伊家墓所。
井伊直弼の墓。
当然直弼だけでなく、歴代の藩主が葬られています。
豪徳寺の本堂。立派です。
ここが、世田谷城阯公園。
世田谷城についてはこちらへ。
次に、等々力へ。
せっかくなので、等々力渓谷に行ってみました。
等々力不動尊。
日本庭園みたいな場所もありました。
3号横穴。古墳のようですが、中を覗いても真っ暗で何も見えず。。。
ゴルフ橋。なぜゴルフ?
目的の兎々呂城へ。
トトロ城ではなくとどろ城と読むらしいですが、、、詳細はこちら。
といっても、高校の校門前に城址碑があるのみです。
つぎの目的地、奥沢城がある浄真寺へ向けて自由が丘方面へ。
扁額には「般舟場」と書かれています。
仁王門。別名「紫雲楼」。
寛政5年(1793)建立とのことで、相当貴重なものですね。
鐘楼。こちらは更に古く、宝永5年(1708)の建立。300年以上前に建てられたということになりますね。
本堂。
これは元禄11年(1698)上棟とのことですが、後に修築されたようです。
阿育(あしょか)王塔なんてのもありました。
九品仏のイチョウ。都の天然記念物だそうです。
ここは鷺草が有名とのことで、説明板も出ていました。もうシーズンは過ぎているようですが、幸い幾つか咲いていました。しかし例によって望遠レンズを持ってこなかったので、ここまでしか寄れず。
城跡碑。
結局城跡を示すものはこれだけ。
奥沢城についてはこちら。
最後に、渋谷城へ。
金王八幡宮にあります。
社殿。
お祭りがあるらしく、準備が進んでいました。
社殿脇にある「渋谷城 砦の石」。
城の遺構?っぽいのはこれだけです。。。
渋谷城についてはこちら。
境内にある金王桜。
こちらは渋谷区の天然記念物だそうです。
境内の外れにある金王丸御影堂。
金王丸というのは渋谷城主、渋谷重家の嫡男で、源義朝に従って保元・平治の乱を戦い、のち土佐坊昌俊と称した、と説明板に書かれていました。
今回は神社仏閣巡りっぽくなってしまいました。
2011年9月12日月曜日
中秋の名月
2011年9月11日日曜日
城巡り9 ~北陸横断ツアー(2日目後半)~
今回のツアーもそろそろ終盤。
小松城の次は日本100名城の一つで現存12天守でもある「丸岡城」へ。
ここは、天守部分しか残っていないので、見学は楽々です。
この天守はもともと国宝だったのが、震災で倒壊。8割はその時の古材で再建されたとのこと。日本最古の現存天守とのことで、実際、非常に趣のある天守です。
当然内部も鉄筋とは違います。
天守上部からの眺め。
続いて、福井城へ。
ここは堀は残っていますが、殆ど福井県庁や福井県警などの公共施設になってしまっています。
本丸内には天守台が残っているのですが、何故かこの福井城の中で撮影した画像が殆ど消失してました。。。SDカード不良?妨害電波?何にしても非常に残念です。
復元された御廊下橋。SDカードに残された貴重な画像です。
ここはいずれもう一回行かないといけませんね。
日本100名城、一乗谷城。ここでは朝倉義景館なども含めて全体を「一乗谷朝倉氏遺跡」と呼んでいるようです。
実際の一乗谷城は、奥に見える山頂付近とのこと。受付の人に聞いたら、本丸(山頂)まで往復3時間はかかると言われ、当然断念です。いずれは登ってみたいですね。
朝倉義景館の全景。各部に当時の建物の名称などが書かれた石版が置かれていて、非常に親切です。
とにかく、ここは広々した場所で非常に美しく整備されていました。
一乗谷川の反対側、駐車場付近は復原町並という戦国城下町を再現したテーマパーク風に整備されています。
この復元町並、ディテール、規模が半端ではありません。町おこしとしてこの朝倉氏遺跡を一大観光地にしようという意気込みが伝わってきます。
武家屋敷や商人の家?など内部まで作りこまれていて、結構面白いです。時代劇のロケ地としても使えるのではないでしょうか。
今回のツアーの最終目的地「越前大野城」になんとか明るいうちにたどり着くことができました。
ここは山の頂上に立派な天守が建っており、遠くからでも「いかにも山城」的な眺めです。
ここも大規模な整備工事がされていました。
南登り口が閉鎖されているようなので、上り階段が異常にキツい西登り口からアプローチ。
登り切った先には大野土井家7代藩主、土井利忠公の像が。
天守閣。復元ですが非常に立派です。石垣は本物。
南登り口から来ると目に入る城址碑。
城址碑そばには、築城者、金森長近の像もありました。
帰りに麓から望遠で撮った天守。今回唯一の望遠レンズの出番でした。。。
小松城の次は日本100名城の一つで現存12天守でもある「丸岡城」へ。
ここは、天守部分しか残っていないので、見学は楽々です。
この天守はもともと国宝だったのが、震災で倒壊。8割はその時の古材で再建されたとのこと。日本最古の現存天守とのことで、実際、非常に趣のある天守です。
当然内部も鉄筋とは違います。
天守上部からの眺め。
続いて、福井城へ。
ここは堀は残っていますが、殆ど福井県庁や福井県警などの公共施設になってしまっています。
本丸内には天守台が残っているのですが、何故かこの福井城の中で撮影した画像が殆ど消失してました。。。SDカード不良?妨害電波?何にしても非常に残念です。
復元された御廊下橋。SDカードに残された貴重な画像です。
ここはいずれもう一回行かないといけませんね。
日本100名城、一乗谷城。ここでは朝倉義景館なども含めて全体を「一乗谷朝倉氏遺跡」と呼んでいるようです。
実際の一乗谷城は、奥に見える山頂付近とのこと。受付の人に聞いたら、本丸(山頂)まで往復3時間はかかると言われ、当然断念です。いずれは登ってみたいですね。
朝倉義景館の全景。各部に当時の建物の名称などが書かれた石版が置かれていて、非常に親切です。
とにかく、ここは広々した場所で非常に美しく整備されていました。
一乗谷川の反対側、駐車場付近は復原町並という戦国城下町を再現したテーマパーク風に整備されています。
この復元町並、ディテール、規模が半端ではありません。町おこしとしてこの朝倉氏遺跡を一大観光地にしようという意気込みが伝わってきます。
武家屋敷や商人の家?など内部まで作りこまれていて、結構面白いです。時代劇のロケ地としても使えるのではないでしょうか。
今回のツアーの最終目的地「越前大野城」になんとか明るいうちにたどり着くことができました。
ここは山の頂上に立派な天守が建っており、遠くからでも「いかにも山城」的な眺めです。
ここも大規模な整備工事がされていました。
南登り口が閉鎖されているようなので、上り階段が異常にキツい西登り口からアプローチ。
登り切った先には大野土井家7代藩主、土井利忠公の像が。
天守閣。復元ですが非常に立派です。石垣は本物。
南登り口から来ると目に入る城址碑。
城址碑そばには、築城者、金森長近の像もありました。
帰りに麓から望遠で撮った天守。今回唯一の望遠レンズの出番でした。。。
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